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at 2016-09-30 23:58
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at 2016-09-13 00:00
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ブログサイトの変更

コンピュータがお腹いっぱいになり、パソコンを変えたらブログの編集ができなくなり、投稿もできなくなりました。かろうじて動いていますからこの場で報告しておきます。決して健康を損なっているわけではありません。
新サイトは、
fu-sus21.amebaownd.com
fukuoka-sus21.amebaownd.com
fu-sus21satellite.amebaownd.com
の3サイトです。その他、facebookも2つほど作っていますが、あまりというか、最近はほとんど活用していません。遊びも度が過ぎていますが、何かフェイスブックとは連結できそうなので、遊びついでに試みますが、いつのことになるやら。とにかくなんとか生きていますのでよろしくお願いします。
よろしくお願いします。上のサイトを訪問してみてください。よくわからず、適当に動かしています。そのうち慣れると思います。10サイトまで所有できるとのことで、その気になって遊んでいます。

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# by fusus-21 | 2016-09-30 23:58

ブログサイトの変更

コンピュータがお腹いっぱいになり、パソコンを変えたらブログの編集ができなくなり、投稿もできなくなりました。かろうじて動いていますからこの場で報告しておきます。決して健康を損なっているわけではありません。
新サイトは、
fu-sus21.amebaownd.com
fukuoka-sus21.amebaownd.com
fu-sus21satellite.amebaownd.com
の3サイトです。その他、facebookも2つほど作っていますが、あまりというか、最近はほとんど活用していません。遊びも度が過ぎていますが、何かフェイスブックとは連結できそうなので、遊びついでに試みますが、いつのことになるやら、とにかくなんとか生きています。
よろしくお願いします。上のサイトを訪問してみてください。よくわからず、適当に動かしています。そのうち慣れると思います。10サイトまで所有できるとのことで、その気になって遊んでいます。

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# by fusus-21 | 2016-09-30 23:58

アフガンの川筋男・・・中村哲医師

医師 中村哲氏の武勇伝を伝えるドキュメンタリーがNHK 教育で放映された。タリバンが居ろうが米軍が空から攻撃しようがこの人の強い意志は一歩も引かない。まさに遠賀川育ち川筋気質を一身に背負った人である。西南学院中学出身のクリスチャン、九大出身の医師でもあるこの人はある時は白衣を脱ぎ捨て土建屋に変身する。100人の医師を集めるよりも1本の水路を引き込んだほうが多くの人命を救える。20年かかって、数十キロの水路を掘り進んだ。幾度となく強い水流に堤防を流されながら、大昔に暴れ川、筑後川に築かれた堰に学びついに成功させた、苦闘の取り組みが描かれていた。ブルドーザーの似合う人であった。それもそのはず・・・・

中村医師こそ、叔父に火野葦平、外祖父、花と龍の玉井金五郎の血を引く豪傑である。まさに命知らずのごんぞう魂を持つ男である。ごんぞうとは、天秤カゴに石炭を入れ、船に担ぎ込む沖仲仕のことである。命知らずの”ごんぞう”魂の血を引き継ぎ、クリスチャンの心をもった優しい男が、戦乱の地で多くのイスラムの人々を救っている物語であった。

「兵器ではなく水を供給しよう!」
今の安倍政権に聴かせたい言葉であった。アフガンの砂漠に青々と稲や麦が育った。子供達は水浴びをして楽しそうに遊んでいる。九州男児!ここにあり。日本人の誇りである。

平和で豊かな土地に IS (イスラミック ステイト)は育たない!あるのは人々の笑顔だけ、中村医師は信念をもって活動を続けている。今度は教育の充実をと新しい取り組みに情熱を注いでいる。「私はいつまでも生きているわけではない。若い人を育てることが大切である」と。

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# by fusus-21 | 2016-09-13 00:00

景行天皇行幸・・・熊襲を制圧するた旅

景行天皇は熊襲を制圧するために畿内を発った。周防国を経て、闇無付近に上陸し、国東半島付近の宇佐を経て、湯布院付近から緒方、日向から大隅半島、薩摩を経て、水俣、八代、天草を経て玉名に入った。玉名からは菊池、山鹿を経て、久留米の高良山あたりを凱旋し、浮羽、日田、玖珠などを進み、さらに宇佐を越えて、闇無付近に至り、周防から畿内へ帰還した。大雑把に言って、このように巡行したが、筑紫に入ろうとしなかったらしい。強大な政権、邪馬台国の全盛期かあるいは景行天皇が、畿内勢力の中ではミマキイリヒコ(崇神)とは異なる勢力であった可能性が考えられる。筑紫の日向から東征した神武の血を引く系統の天皇だった可能性もある。崇神は任那から来た勢力であるが、伽耶の血を引く神武とは異なる勢力として畿内を支配していたのかもしれない。古事記では、同時期にハツクニシラス天皇が二人存在している。崇神の後継は垂仁天皇であり、景行天皇は神武につながる系列の天皇とすれば辻褄が合いそうである。神武は任那の前身である伽耶の血を引いており、任那から来た崇神とは遠いが繋がりがあると言える。仲哀は景行の子であるから、当然ながら熊襲征伐に再来したと考えられる。しかし、息長足姫(神宮皇后)がなぜか参入し、熊襲を討つことはよくない。新羅を攻めるべしと神託を伝えた。それを納得しない仲哀は謎の死を遂げ、ここで息長足姫天皇(皇后ではあるが実質上の天皇)が取って代わった。神功皇后は景行天皇が遂げていない筑紫を巡幸福し、仲哀の死を伏せたまま、畿内に乗り込み、畿内瀬力を一掃して政権を奪取した。古代の大きな政変は、この後も続き、継体天皇が筑紫の磐井を倒し、畿内勢力の牙城を守った。また、蘇我一族と天皇家の争い、そして天智天皇と天武天皇の争いで百済系の天皇家が政権を守った。その後も南北朝の争いなどが繰り広げられるが、これらの戦いに九州勢力も多かれ少なかれ巻き込まれてゆく。





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# by fusus-21 | 2016-09-11 18:22 | 地域(北部九州の古代)

くまモン頑張れ!福岡市役所前にて・・・第2弾

昨日天神行ったら、今日から復興割受付ということで、テントが市役所前に出ており、特産品の販売などをやっていた。九州全域に適用されるらしいが、複雑すぎてよくわからなかった。一応、益城町のお茶を買ったが、そのほかいくつかの特産品しかなかった。多分準備中だったのかもしれない。今日から本格的に始まるのかな。出かけたら、立ち寄ってみよう。天神の市役所前広場だった。
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# by fusus-21 | 2016-09-09 21:11 | サスティナブル ツーリズム

黒木町のフォトツアーに参加する

先日、八女市を訪問し、黒木町まで足を伸ばした。白壁の町並みが保存のために整備されたり、廃校が整備され、ふれあいの場として活用されていることを知った。廃校となれば、すぐ解体してしまうというそこらの町とは違い、古いものを文化施設として活用しようとする前向きな動きであり、喜ばしい限りである。スクラップアンドビルドを繰り返す日本の現代的な行政とは一味違った一昔前の良き時代の日本を感じることができた。

早速、紹介しておく。「げんき館・おおぶち」とはかつての黒木町にあった小学校が廃校になった後、跡地を利用してできた生涯教育・交流施設である。今月はフォトツアーが実施されるという。参加してみることにした。時間が早くから始まるので、2泊3日とせざるを得ない。21日から乗り込むことにする。余裕があるので、白壁の町並みや八女福島町で開催される人形劇などもみて帰れるかもしれない。

西鉄久留米駅から一階のバスセンターに降り、一番左側の八女方面系統30番か31番に乗車、福島バス停で降車、すぐ斜め前方に向かうと堀川バスの営業所があり、そこから柴庵行きか黒木町行きに乗る。柴庵行きに乗ると大淵小学校跡地まで行ける。黒木町行きは途中の黒木町どまりである。ここで町並みを見てから、そのあと柴庵ゆきに乗り換えると黒木町の町並みも見学可能となる。

国道3号線を山鹿に向かう途中に八女があるのだが、古い町なので様々な遺跡が残っている。磐井の郷では九州北部最大の岩戸山古墳に立ち寄るのも良い。八女までの駅名が面白い。「上津荒木」と書いて「こうだらき」と読む。「納楚」これは「のうそ?」まだまだる。堀川バスで黒木に向かうと、どんどら(鈍土羅)?とかいう駅名もある。正確ではないのでもう一度確認したい。とにかく昔からの町名なのであろう。このような地名が次々と現れる。目が離せない。
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# by fusus-21 | 2016-09-09 07:45

ゴルバチョフの予言

1988年の国連で、当時ソ連の大統領であったゴルバチョフが演説し、気候変動に対する警告を発した。
「ソ連は一方的に兵器の削減を実施する。しかし、兵器の削減は安全に対する進展とは言えない状況が来ている。これからの世界の脅威は兵器ではなく、気候変動であることを知ってほしい。現在の状況がさらに続くことになると、気候変動は人類の生命を脅かすことになりかねない。」この発言により世界にサスティナビリティについて真剣に考えることを促した。4年後の1992年、リオデジャネイロで気候変動に関する世界会議が開かれたのである。それから10年経ち、ヨハネスブルグでサミットが開催されたが、一向に意見がまとまらず、いまや世界は実に深刻な事態になりつつある。そのことについてはNHKのメガクライシスで報道されたばかりである。

今回台風は、勢いが衰えぬまま、東北・北海道を襲った。多数の死者がでた。台風12号は、九州の西に入って衰えた。気候変動により、高温海水域が東に移動したのである。九州の西の海は水温が低く、そこに入った台風は衰える。三陸沖の海水温は高いため、台風は衰えぬまま進んだわけである。
しかも予測し得ないような大量の雨を降らし(海水温が高いため、大量の水の蒸発をもたらし、さらに気温も高いので飽和蒸気圧が上がるからである:大気中の水蒸気量が増え、寒気に当たると凝縮して豪雨になる)、多数の河川が氾濫し、死者・郁恵不明者を出してしまった。今後も気候変動は、多かれすくなかれ影響を与え続ける。

ゴルバチョフの予言を私たちは心して受け止める必要がある。もう後戻りはできないほどに深刻な状況となっている。温暖化は永久凍土を溶かし、その中に含まれるメタンガスを放出させる。メタンガスは炭酸ガスの20倍ほどの温室効果をもたらすのである。悪循環の始まりである。開発がますます危機を生み出す。環境の危機が兵器以上に恐ろしい災いをもたらすのである。

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# by fusus-21 | 2016-09-04 23:32 | サスティナビリティ

磐井の建造した古墳

初めて磐井の古墳を訪れた。1年半にわたる畿内の政権との戦いに敗れ、殺されたと古事記に書かれているが、風土記には豊前市付近の山中に逃れたとあるので、ここが磐井の墓とは言い難い。作ったのは間違いなく磐井なのだろう。巨大な前方後円墳であるが、別区というのが設けられており、ここの石人、石馬は馬(猪?)を盗んだ盗賊の裁判の様子を表したものらしい。
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別区がこの古墳の特徴となっている。
またこの地域一帯の説明をするために歴史・文化交流会館があり、「磐井の郷」と呼ばれている。この長い平屋の後ろ右手に見えるのが岩戸山古墳、つまり磐井の古墳である。
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様々なイベントや子供向けの教育プログラムが実施されており、歴史体験場として活用されている立派な施設である。ここで、八女市などの情報を得ることができる。施設の職員が親切に説明してくれる。

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横に広がる公園的な広場には、10kmにわたる古墳公園の案内やトレッキングコースが示されており、まず、福島高校前でバスを降りてから、大きな案内看板に従って坂を登り、この施設で案内を受け、トレッキングや八女市内を楽しむのが良かろう。広々とした館内には、常設展示場もあり、磐井の戦争で畿内政権に破壊された石人の本物が展示してある。無残にも鼻が削られたり、腕がへし折られたりしている。外部のものはレプリカである。
福岡天神から西鉄特急電車で30分、久留米に着く。そこで一階のバスセンタから八女営業所行きのバス(30番か31番系統)に乗り換え、約45分で福島高校前、そこから徒歩5分で磐井の郷である。手軽に行けるのもお勧めサイトである。歴史の一場面を館内の大型ディスプレイにボタン一つで映し出される。歴史資料も備えられている。また古墳周辺には、携帯でマークをカシャっと写せば、無料で説明する案内装置が設けられている。至れり尽くせりである。
国道3号線が磐井の古墳と、その他の古墳群を分断するように走っている。磐井の郷で説明を受けたり、一休みしてから、再び国道3号線に下り。反対側の丘陵を行けば次々に10kmにわたって古墳群があるので、おおよそ3時間のトレッキンングが楽しめる。ノルディックウオークなどのイベントもある。往復すると半日コースになるかも。まだ体験していないので、時間予測は不確実なものである。整備されているので歩くにはそれほどの困難はなかろう。



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# by fusus-21 | 2016-09-01 10:59 | 地域(北部九州の古代)

いにしえの旅人

万葉集に登場する旅人は柿本人麿、山部赤人らであるが、彼らは類まれな歌の才能により、時の天皇に同行し、旅の記録を担っていたらしい。
もう少し新しい時代になると西行がいる。北面の武士として弓の達人であった彼は、また極めて高い歌の才能に恵まれていた。北面の武士として皇居を守る傍、天皇の主宰する歌会に招かれ、その才能を遺憾なく発揮していた。しかし、生来多感で、繊細な彼は当時の貴族の間で主流となっていた技巧を凝らす、型にはまった歌に辟易していた。心の底から自然わきいづる歌を得意とし、極度に技巧を嫌っていた。技巧を重んじる時流を牛耳る歌人でさえ、この天才の自然に湧き出る歌には一目置かざるを得なかったという。時の権力者、崇徳天皇が西行の歌風をこよなく気に入っていたからである。しかし、その天皇が保元の乱で失脚し、失意の西行は北面の武士から、検非違使にまで引き上げられることさえ辞退し、仏門に入る。このような西行の行動には、謎が多く、真相は突き止めようもないが、いずれにせよ世の乱れを儚んだ末のことであろうことは推察がつく。ひたすら、歌の道を深めるべく旅に出るのである。これほど純粋な動機はそう見当たらない。
そのような行動に共感したのか、松尾芭蕉であり、彼も漂泊の旅に出る。その一部分は西行の旅程と一致するのである。
近代では、若山牧水と石川啄木が、事情は違うけれども漂泊の旅を経験することになる。啄木は、自分の意思というより、生活に困窮し、職を求めてのさすらいであった。故郷を追われ、旅に逃れるのである。

これら歌人の見た光景を追う旅もまた楽しであろう。

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# by fusus-21 | 2016-08-29 19:53 | サスティナブル ツーリズム

冬瓜のホットケーキ

いよいよ暑さも峠を越え、とはいえ36度程度の高温は続いているが、朝夕はすっかり涼しくなり、秋の気配が感じられるこの頃である。

お隣さんからかぼちゃの2倍もありそうな冬瓜をいただき、普通の食べ方では2人家族ではおよそ食べきれない。そこで冬瓜のホットケーキをとなり、今日の昼食をそれにした。
冬瓜という字から涼しそうな雰囲気が漂うが、夏の暑さが育てた栄養豊富な果実野菜である。体に良いことこのうえなしであろう。味もあっさりしてまあまあ美味しい。

これが冬瓜の割った写真である。

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これを潰し、メリケン粉、卵などと混ぜて焼き上げたホットケーキ。蜂蜜をかけて甘くして食べた。

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# by fusus-21 | 2016-08-24 18:23 | ココノイエプロジェクト(食と健康)