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チアリーディング九州連盟事務局からのお知らせです。

世界選手権の日本代表男女混成チームを取り上げた番組放送についてご案内致します。


1/11(土)23:55〜
<放送局>日本テレビ
<番組タイトル>「Going!Sports&News」
神業ライブラリー。


1/12(日)10:15〜10:30
<放送局>JNN系の九州各局
RKB・NBC・RKK・OBS・MRT・MBC・RBC
<番組タイトル>「世界一の九州が始まる」

以上です。
本年も残すところ数時間となりました。加盟団体の皆様を始め、多くの皆様に大変お世話になりました。
来年も九州地区のチアリーディングの発展に向けて尽力していく所存ですので、どうぞよろしくお願い致します。

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by fusus-21 | 2013-12-31 17:45 | チアリーディング (FJCA)

12月31日にやること・・・正月の準備

餅を受け取りに行く:昔は(子どもの頃)近所のひとが集まって餅つきをしていた。だいたい30日か28日についた。29日は餅をつかないという風習があった。いまは、餅をついていない。古賀餅屋(六本松)に頼み、31に受け取るのが習慣になっている。古賀餅屋には機械的にぺったんぺったんとつく機械があり、昔からの作業を守っている。今は学生さんかシルバーさんが手伝っている。

おせちを受け取る:以前は31日に、基本的な美しく飾ったおせちを柚子庵(桜坂の上)に受け取りにいっていた。自家製は彩や飾りは抜きにして作るので元旦だけのお膳として使った。今は宅急便で送ってもらうので楽になった。寒い風の中を、あの坂を上らなくて済むようになった。

ソバを食う:これは細く長く生きようと言う願いをこめて食べる縁起物である。

第九を聴く:ベートーベンの第九交響曲を聴く。ただし、31日までに聞き逃した場合である。九響の第九が演奏される。時間が取れずに行けない場合が多いので、またテレビでの演奏を聞き逃すことが多くなったので、どうしよう。忙しい世の中になったということか。この場合は、フルトベングラー指揮、バイロイト祝祭管弦楽団の第九をLPで聴いていた。今年は、You-Tubeで聴いてみた。時代も変わったということか。

除夜の鐘を聴く:いよいよ今年も終わる。そこで、風呂に入る。身を清めたら、0時を廻るので、まずお神酒をいただく。軽く、正月の料理の準備をし、近くの神社(諏訪神社:祭神は天照大神)に初詣をしてお札を新しく替える。その際、お神酒が振る舞われる。これで、新年が始まる訳である。あと12時間少々で、新年がくる。平和を祈り、健康を願う。
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by fusus-21 | 2013-12-31 11:11 | 九重 食の道

オリバー ストーン監督のアメリカ史を視聴して

昨日、29日は関口宏のサンデーモーニングが朝から延々と放映され、夜はオリバー ストーン監督の語るアメリカ史が6時間あった。30日から31日にかけても6時間にわたって放映された。仕事は休みだから最後まで見ることにした。

この番組から感じることは、映画監督でも、アメリカに住むとスケールが大きくなるのだなーと感じざるを得ない。世界を住処と考えている訳である。確かに歴史は日本と比べると短い。しかし、その激動はとてつもなく広く、大きいと感ぜざるを得ない。強大な軍事力を持ち世界を席巻する国家としての立場があるのであろう。彼は映画監督であるが、小説も書いたらしい。ベトナム戦争も経験し、感じたことを表現しようとしたが、雨で紙がやられるため、カメラで撮影し、これに短い文章で思いを表現しようとしたらしい。これが映画による表現に結びついたと語っていた。

スケールの大きな表現力で世界を表現している。特に、アメリカとソ連の関係が大きく取り上げられるが、日本に関してはアメリカの原爆投下がどうであったのかが大きく取り上げられた。トルーマンという血も涙もない大統領が、ソ連を震え上がらせることも考慮して投下を命じたらしい。トルーマンはインタビューに答えて、「良心呵責等毛頭ない」と答えた。マッカーサーは日本は近く降伏するので、アメリカはこのような獰猛な殺戮兵器を使うべきではないと考えていたようだ。最高権力者の決定に逆らうことは難しいのであろう。

ケネディは、ソ連のフルシチョフと核に関して渡り合い、核戦争を避けるための妥協が弱腰であると批判され、その後に暗殺された、フルシチョフはやはり弱腰と国内では糾弾され失脚したのである。歴史的に優しいものは消されるという政治の世界について指摘した。アメリカやソ連だけでなく、日本でも変わらないのが現実であろう。

ケネディは、大学での演説で、「ソ連に住む人間も、アメリカ合衆国にすむ人間も、狭い地球に住み、同じ空気を吸っている。だれでも子どもの幸せを願い、短い命を生きる。我々個人はだれでもやがて死ぬのである。そう考えれば、お互いに理解し合えるはずだ」と述べている。狭い地球の中でいがみ合うのは意味がないということであろう。これを地球市民の考え方である。しょせんは、地球人であるというのが、現在に生きる人間の立場であろう。世界は狭くなったということである。国内問題、アジア問題ではなく、地球の問題として何事も解決してゆく姿勢が問われているような気がした。

オリバー ストーン監督のすばらしい勇気ある発言を聴いて、12月31日は始まった。あと20時間少々で今年も幕が閉じ、来年に向かう。
彼は聴衆に呼びかけた。日本人も、アメリカ人も歴史を正しく学んでほしい。そして反省し、誤りを繰り返さないようにしてほしいと! 歴史を客観的に正しく認識することの重要性を訴えた。そのため、世界の皆と意見交換し、歴史を客観的に認識し合うことが大切との持論を述べた。彼の生涯をかけた目標は平和と読めた。


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by fusus-21 | 2013-12-31 02:37

古民家、茅葺きの住処・・・心を癒す日本の原風景

うきは市浮羽町にある江戸後期の古民家で老朽化した屋根を昔ながらのかやぶきで修理する作業がいま進んでいる。日本の原風景と言われる地域を復活するための作業である。棚田がひろがり、収穫時の畦には真っ赤な曼珠沙華、そして秋には山一面が赤や黄の霜葉にそまる。日本の原風景が減る中で、このような昔を残す努力がなされている。一帯が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されたため、保存修理事業に申請したところ、1500万円の修理費用のうち限度額一杯の1000万円が国・県・市から補助されるという。茅葺き作業は、熊本県阿蘇市の専門業者5~6人が行っているという。

九重に行くと、それらの茅葺き屋根を残す地域が散在しており、このように残された民家にも補助の手が出ないものだろうか。雪降る冬の寒さを温かく包み込む茅葺きの屋根、日本の原風景を訪ねてみたい。
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湯坪から豊後中村に向かうバスの窓越しに茅葺き屋根を写してみた(iPhoneで撮影).
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by fusus-21 | 2013-12-30 17:49 | サスティナブル ツーリズム

日本らしさを感じる作業・・・門松作り

九重町に行くたびに日本らしさという言葉を思い出す。正月には松飾り、門松が飾られるがこれは地域の人々が集まって作り、それを引き継いでいったのであろうと思う。またおせち料理を作り、正月を祝い、そして家族の健康な一年を願い、酒を飲み、ゆっくりと過ごす。じいさんやばあさんが孫にこのような季節ごとの習わしを教えながら、歳の差をこえてコミュニケーションを保つ。このような慣習が、祭や季節の移ろいとともに次世代に伝えられてゆく。この良き時代の習わしがいまの日本からは失せてゆくことが悲しい。なにか日本の伝統を守るというとは、靖国に詣でるようなことではなく、もっと古い地域の神社に初詣をするとか、正月には家族で雑煮を食べながら、ゆったり過ごすとかではなかったのかと思う。「正月気分」を味わうことではないのかという気がしている。地域の中で、皆が語り合うような場を築くことが今後大切になろう。あまりにも忙しすぎる日本になってしまった。経済発展ではなく、地域のつながりを大切にするような政策を掲げる政党はないものか。日本文化が、国連の世界遺産に登録されることをすぐ経済活動と結びつけるような風潮が情けないと思うこのごろである。日本一の富士山も泣いているかもしれない。
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九重町の豊後中村駅で年末に新年を迎える準備が行われていた。門松が完成した。ほっとする景色であったが、若者の姿がなかった。残念なことである。
このような風習を残す地域を応援しよう!そして本当の日本を見直そう。
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by fusus-21 | 2013-12-29 23:35 | 九重 食の道

オキナガ氏の本拠地・・・ツヌガ(敦賀)

息長氏の本拠とされるのは、琵琶湖の北、倭タケル伝説で名高い伊吹山の南麓にあり、姉川と天野川に挟まれた長浜平野の南端、天野川流域と考えられている。
この地域の古墳は、古式古墳で四世紀後半のものがある一方で、五世紀中葉から首長墓の規模の古墳建造が始まる。天野川は古来息長川と呼ばれていたらしい。壬申記にこの名が見える。この地で近江朝廷群と天武天皇の軍が激突したのである。東山道の入り口に当たり、北に向かえばツヌガ(敦賀)に通じ、韓大陸との交流も深かった地域である。なぜか九州と関連が深いのは、磐井を敗った継体天皇もこの地の出自、すなわち息長氏の出と考えられている。福岡同様に、この地は古代史の節目に登場する古代の重要拠点と思われる。息長氏に関しては極めて資料が乏しく、今後の研究成果が待たれるところである。
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by fusus-21 | 2013-12-29 20:22 | 地域(北部九州の古代)

神社の順位と天皇・・・初詣にあたって

初詣の時期がくる。神社としての順位はあったのであろうかが気になる。
Wikipediaで調べてみた。
まず、宇佐神宮が上がっている。それに次ぎ、香椎宮があるが、香椎宮は香椎神宮とは言わない。
その他、伊勢神宮と気比神宮があり、これが四社となっている。宇佐神宮、これは八幡総本宮と呼ばれている。全国に4万社ある八幡宮の総本宮である。祭神は言わずと知れた応神天皇(八幡菩薩)、比女大神、神功皇后である。比女大神は、宗像三神であり、女性の神様4神と応神天皇が主祭神となっている。
香椎宮は、特殊な地位にあり、神宮とは呼ばない。仲哀天皇(鎮国香椎大神)と神功皇后が主祭神であり、応神天皇と住吉大神が配祀されている。
伊勢神宮は、正式には地名がつかない「神宮」であり、これも特殊な位置づけにある。太陽を神格化した天照坐皇大御神(天照大御神)を祀る皇大神宮と、衣食住の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮の二つの正宮がある。
気比神宮は、古くは「けひ」を「気比」・「笥飯」と記したり、変遷をへて現在の名称になっている。祭神は以下の7柱。本宮に主祭神と2柱、周囲の四社之宮(ししゃのみや)にそれぞれ1柱を祀る。
本宮
伊奢沙別命 (いざさわけのみこと) - 主祭神。気比大神とも呼ばれる
仲哀天皇 (ちゅうあいてんのう) - 第14代。本名は帯中津彦命(たらしなかつひこのみこと)
神功皇后 (じんぐうこうごう) - 仲哀天皇の妃。本名は息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)
東殿宮(本宮の東)
日本武尊 (やまとたけるのみこと)
総社宮(東北)
応神天皇 (おうじんてんのう) - 第15代。本名は誉田別命(ほんだわけのみこと)
平殿宮(西北)
玉妃命 (たまひめのみこと) - 神功皇后の妹・虚空津比売命を指す
西殿宮(西)
武内宿禰命 (たけのうちのすくねのみこと)
以上のように、主祭神は不詳であるが、その他は神功皇后の身内でまとまっており、神功皇后の故郷付近であることを思わせる。もともと、仲哀天皇と神功皇后を合祀したのであるが、『気比宮社記』によれば、大宝2年(702年)、勅命により社殿を修造するに際して仲哀天皇・神功皇后を合祀し、そののち更に日本武尊以下4柱を配祀したとする。

以上の四社は古くから特別の地位にあったという。すべてにかかわるのは、神功皇后であることが明快に分かる。オキナガタラシヒメは韓大陸でも、中国でも最も有名な女帝だそうである。中国正史の「宋史」では、息長足姫天皇と称されている。
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by fusus-21 | 2013-12-29 11:29 | 地域(北部九州の古代)

仲哀天皇は暗闇の中で人知れず亡くなった・・・古事記最大の闇の真相は?

仲哀天皇が亡くなったとき、周辺にいたのは神功皇后と武内宿禰であるが、暗闇で琴を弾くうちに琴の音の途絶えると同時に亡くなった。いったい何が起こったのか。
実際、香椎宮には仲哀天皇が陣を布いたとされる場所が今も残っている。昼でもひとが近づかないこんもりした森になっており、香椎宮から近づくとその向こうは崖になっている。崖のしたには民家が広がっており、今では何の変哲もない広場である。しかし、昼でも静まり返っている。

何が起こったのかだれにも分からない。そもそもオキナガタラシヒメとナカツタラシヒコ(仲哀天皇)がなぜここにいるのかさえも謎である。オキナガタラシヒメの故郷はツヌガ(今の敦賀)付近である。この地域は、オキナガ氏の拠点である北近江の伊吹山の山麓にあたる。因縁はいろいろあり、仲哀天皇の父、倭タケルは東国に遠征しての帰路、伊吹山の神が降らす氷雨にあたり、冷え込んで疲労し、故郷を直前にして亡くなった。その父の景行天皇は、倭タケルに優とも劣らぬ武勇のひとで、東は毛人を制し、西は熊襲を制圧したと言われる英雄である。しかし、この天皇も、景行天皇53年、息子の日本武尊を追慕し、東国巡幸に出る。東国から戻って伊勢に滞在し、翌年9月に纒向宮に帰る。なぜか、58年、近江国に行幸、高穴穂宮に滞在すること3年。60年11月にこの地で崩御した。またしても近江の地なのである。琵琶湖の北、ここに何があるのであろう。謎の豪族、オキナガ氏の周辺が知りたい。
応神天皇を含めると4代が、九州と北近江、すなわち琵琶湖(ツヌガは琵琶湖の北、高穴穂の宮は大津すなわち、琵琶湖の南にあたる)との関わりを持っていることになる。
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by fusus-21 | 2013-12-28 19:47 | 地域(北部九州の古代)

朝日新聞(12月28日)紙上で久しぶりにチャフラフスカさんに出会う

東京五輪の名花と言われた、ベラ チャフラフスカさんの記事が朝日新聞朝刊に出ていた。感動の「TOKYO」再び期待!という記事の見出しだった。彼女はチェコの民主化運動を支持し、二千語宣言に署名、圧力に屈せず信念を貫いたひととしても有名で、その信頼から大統領顧問も経験したひとである。

私は東京五輪の前年、プレ五輪で彼女の跳馬の演技を目の前で見た。極めて偶然で、ハプニングだった。観覧席にいたのだが、彼女の演技の前にトイレに行っておこうと(見逃してはいけないので)席を立った。通路は複雑で、道に迷い席に戻れずうろうろして焦っていたのだが、そこで偶然、彼女に出くわした。例の赤色のタイツに身を包み、演技前の緊張感でからだをほぐすような仕草をし、背筋を伸ばしてつま先で歩くような身のこなし、とにかく美しく見えた。私も、見とれて、ボーとなって無意識のまま、後に従ったのだが、驚いたことにアリーナまで何の注意もされず入れてしまった。目の前に、跳馬の台があり、その前に黙って留まった。アリーナの隅で、壁にへばりついて立っていた。チャスラフスカ選手は助走路の端まで進み、助走してジャンプ、見事に着地した。見逃してはいけないと行動したことが、何と目の前で演技を見れるという幸運につながった。跳馬は確か彼女が優勝だった。

プレ五輪であったから、警備体制も弱く、しかも自然に起こったのでだれも気づかぬまま(高校生であるからズック靴だったのが怪しまれなかった理由?)で良かったのだが、オリンピックであれば、また現代であればあり得ない出来事であったろう。その人が71歳になり、今記事に出ている。当時の私は受験生であったのだが、受験勉強もさぼって会場に行き、このような幸運に恵まれたのである。それにしても当時は2歳しか歳が違わないとはとても思えないほどの女性であった。懐かしく思い出した。実に50年も昔のことになってしまった。
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by fusus-21 | 2013-12-28 17:14

12月28日の朝日新聞の記事に思う

自転車 ルールを守るには
事故の怖さを疑似体験する講習会が東京と荒川区であったらしい。
そのなかで、自転車安全利用5則
1)自転車は、車道が原則、歩道は例外
2)車道は左側を通行
3)歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行(従って、自転車が例外的に走れる歩道は、進行方向の左側の歩道の道路寄りしか走れない!「歩道は一方向にしか走ってはいけない!」)
4)安全ルールを守る
5)子どもはヘルメットを着用(疑問:海外では大人も着用、なぜ日本は子どもだけ?

講習会で、1)について皆、びっくりしていたらしい。歩道を走るのが原則と思っていたらしい。この講習会で、自転車運転免許証が渡されたらしい。この制度を全国に広げ、免許証制度にし、違反者にはそれなりの罰金を果たす等しないとおそらくルールは徹底しないのではないかと思われるのが昨今の自転車マナーの悪さである。
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by fusus-21 | 2013-12-28 16:35