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冷え込んで、晩秋を思わす今日・・・やはりマーラーの大地の歌が聴きたくなる

これこそグスタフ マーラー生涯の傑作と言われる李白と杜甫、孟浩然の詠んだ漢詩の傑作を交響曲にしたてた曲である。なんといっても、ワルター、ウィーンフィルで聴く大作である。多くの作曲家が第9を書いて死んだため、マーラーは第9交響曲と呼ぶことを避けて、大地の歌とした。しかし、結局これはマーラー最後の交響曲となったのは皮肉である(正しく言えば完成した交響曲としては最後のものとなった)。1952年5月、第二次大戦で亡命していたワルターがウィーンに復帰した演奏会でウィーンフィルと共演した時に、合間を縫って録音されたものである。この時の実演も残っているらしい。モーツアルトの40番と、キャスリーン フェリアによるマーラーの歌曲(リュッケルトの詩による最後の歌)とのセットで組まれた演奏会であった。ウィーンはワルター復帰を歓迎して興奮の坩堝にあったという。

わたしはこの曲、全曲をLPで保有しており、いつか演奏会をLPで再現させたいと考えている。それにはドラマがあるのだ。

大地の歌を歌うのは、キャスリン フェリアとユリウス パツアークであるが、キャスリン フェリアの声はマーラーの歌曲に最も適しているとしてワルターがスカウトした歌手である。電話交換手からの抜擢であった。女性としては最も低音のコントラルトで、独特のこもったような声が魅力的である。癖声のため嫌う人もおおい。しかし、マーラーは絶品である。ワルターは1947年のエジンバラ音楽祭で初めてフェリアの声を聞いた。彼女の歌う告別を聴いて、絶句。「稀にみる美しい声、その声の出し方の自然さ、表情の純粋な温かさ、音楽を内面より理解する力ーー現代の大歌手をここに見出した喜びにわたしは有頂天になった。」、フェリアの思い出に寄せて彼はこう書いた。この共演がウィーン ムジークフェライン 大ホールで実現した翌年、フェリアは癌のため亡くなるのである。当日は彼女とそのかかりつけの医師以外誰も気付かなかったのである。フェリアの心境を思うといかにすごい歌となったかは想像できる。

かくして全盛期に癌により命を奪われたフェリアの「リュッケルトの詩による最後の歌」と孟浩然の「告別」(大地の歌 第6楽章)は奇跡的にLPで残った。告別は低い鐘の音のような出だしで始まり、最後は低弦が消え入るように低くなり、フェリアが「Ewig」、・・・『永遠に」となんども繰り返しながら、この世への名残り惜しさを吐くように歌い、音は静かに雑音にかき消されてゆく(古いLPのすごさである)。



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by fusus-21 | 2015-10-31 13:55

音についてはLPがいいと書いたが、映像についてもやはりフィルム(銀塩)がよい

デジタルカメラの手軽さから、連写的に写真を撮っていたが、最近、昔撮った写真を整理してみたが、やはり銀塩というかアナログカメラによるフィルム写真は独特の色合いがあり、デジタルではこのお趣は出難いことがわかった。フルムをデジタル変換して写真グループに持ち込んでいるが、講師の先生がやはりデジタルとは違って色がいいですねという弁、また互選会でもアナログが選ばれた。言葉では表せない何かがあるのであろう。今後、デジタルとアナログ写真を持ち込み、どちらが優位かを考えたい。自然の目による判断は動かしがたい、機械的とは異なる要素が入ってくるようだ。
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by fusus-21 | 2015-10-30 07:35

ソフトバンクはやはり強かった・・・12球団中弱6の中で闘ったチームと上位6球団の中で優勝したチームの差は歴然としていた

やはりソフトバンクは強かった。淡い希望として短期決戦の場合、弱いチームが勝ち得ることがあるのだが、ソフトバンクには隙がなかった。あくまでも謙虚に、それでも圧勝である。短期決戦で勝てる場合は、圧倒的な投手がいる場合に限られる。それにしても、ソフトバンクのピッチャーはスピードが違っていた。中田以外のピッチャーはヤクルトの打者では簡単に打てないことは、山田の打球をみて明確である。豪速球を空振り、かろうじてファウルするしか許さなかった。中田を簡単に打ったが、他のピッチャーにはまったくというほどに封じ込められた。3戦目以外は、まったく付け入る隙がなかったのである。セリーグはよほど練習量を増やさない限りパリーグには勝てないであろう。セとパの練習量の違いがはっきり出ていた。ソフトバンクはそれを印象付けた。4番抜きで圧倒したのである。中軸の内川骨折、柳田足の故障、イデホ首の痛みなどの戦力的な劣勢も問題なく、勝利は不動であった。日頃の厳しい練習はやはりこういう場面で活きてくる。
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by fusus-21 | 2015-10-30 00:10

天高く北の大地に秋はゆく

北海道はもう秋が終わりに近づいた感じであったが、私の帰福後に雨が降って冷え込み、やがて雪に変わったらしい。私の着いたときは暖かく、気温は福岡とそれほど変わらなかったので、運が良かったというほかなかろう。
道南の景観としては札幌から室蘭に向かう車窓から、雄大な樽前山が見える。中央に特徴ある溶岩ドームが見える。
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一方、溶岩ドームといえば、有珠岳の隣の昭和新山も溶岩ドームの一種である。ベロニーテに近い形をしているが、厳密には少し違っている。いずれにしても畑が突然盛り上がり、中央から固まった溶岩が頭をもたげたという出来方をした。阿蘇山の複式火山や玖珠町の溶岩台地と類似した形状であり、この辺りはジオパークとして登録されている。
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この有珠岳は近年の噴火によってトロイデとしての典型的な形状が失われた。昔は(といっても50年くらい前に見たので、今の形状に変わったのは25年前くらいか)、台地の上にお椀を伏せたような形状であった。

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by fusus-21 | 2015-10-27 10:18

血圧を下げる秘訣2

すでに血圧を下げる3原則として、運動、早寝・早起き、腹7分と書いたが、完全には実行できないまでも、努力中である。それ以外に、李先生から送っていただける冬虫夏草という中医薬を飲んでいる。これは効果絶大であるらしい。市販されている日本のものは山伏茸(やまぶしだけ)という茸が主成分らしいのでそこし違う。李先生からのものは、中国の共同研究先が作っているらしく、蝙蝠蛾の幼虫に生えるキノコを乾燥させ、発酵させて作るもので貴重なものと聞いている。1日8錠ぐらいカプセルを2回に分けて服用する。

血圧の薬はやめている。薬らしい薬はもう飲んでいないが、血圧は安定している。上が135mmHg、下が80〜85mmHgと適正値である。あと、散歩などで適正な運動をすればもっと良い状況が達成できるであろう。散歩といえば、昨日、油山の林道を350m付近まで立ち入った。適度な傾斜と歩きやすい舗装道路で、いまは不法投棄(ゴミの)を防ぐ為、車は通行できないようになっている。これを辿ると遠回りではあるが、油山頂上までは楽に行けそうだ。今後、考えるべきルートであろう。頂上まではあと高低差で250mであるから、先は長いが、近いうちに頂上までたどり着きたいと思っている。

写真は山路で見つけた可愛らしい花。墨彩画の材料になるかと思い撮影した。
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by fusus-21 | 2015-10-23 09:10

いまから北海道に向かう・・・クラス会連チャンのため、せっかくの紅葉は楽しめないかもしれないが、合間を見て近場探索を

紅葉の北海道であるが、とても寒いそうである。せっかくチャンスができたので、登別、白老あたりで紅葉を楽しんでこようかと、作戦中である。室蘭栄高校を卒業したわけではないが、2年生の2学期まで在学している。今回、当時のクラスメイトから古希に語る会をするから出てこないかとの手紙。行くことにした。
連絡をしてすぐ、小学生のクラス、と言っても6年の2学期に転向して卒業した短い在学であったが、せっかく来道するなら翌日クラス会をとなり、同期会、クラス会の連チャンである。

せっかくの北海道であるから、紅葉を楽しみたいものであるが、どうしようというわけである。室蘭で2日であるから、そのあと空港までの沿線で探すと登別、白老ぐらいか、あとはウトナイ湖であろうか。せめて紅葉狩りに1日と考えている。平日であるから宿はなんとかなるのではないかと気楽なサンデイ毎日の旅である。うまく行くかは、次の楽しみ!

正月に墨彩画教室の展覧会に出品しなければならないので、テーマを探してこよう。チャンスといえばチャンスである。

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by fusus-21 | 2015-10-14 09:17

バツラフ ノイマン指揮 チェコフィルによる1975年3月録音の「わが祖国」を聴く

バツラフ ノイマンといえばライプチッヒ ゲバントハウスの指揮者時代にワルシャワ条約機構の諸国がチェコに脅迫的な行為をしたことを理由に、辞職し、東ドイツからチェコに戻ったという有名な指揮者で、なんといってもこの1970年代は全盛期であった。忘れられないのは、音を吸収する福岡市民会館の大ホールでチェコフィルを指揮して、演奏したモルダウである。冒頭のバイオリン、ビオラのトレモロはかすかなピアニシッモの奏でが空中を飛び交い、重なり合い、背筋がぞくっとする名演奏であった。このような名演奏は市民会館以外では聴けず、今のアクロスホールでは音が響きすぎてとてもこのようにはいかないのである。ライプチッヒ ゲバントハウスのクルト マズアが指揮したベートーベン第9の3楽章とエフゲニー ムラビンスキー、レニングラード フィルのシューベルト 未完成も背筋がゾクゾクする数少ない演奏であった。実況でなければあのような非常に際どい演奏は期待できない。

上の2曲は偶然にもゲバントハウスゆかりの指揮者の演奏で、クルト マズワはバツラフ ノイマンの後継者で、ベルリンの壁が除去されたときの立役者、壁崩壊後、その時、最初にベートーベンの第9を指揮した人である。壁崩壊後の東ドイツの大統領候補でもあった。しかし彼はそれを固辞した。

さて前置きは別として、ノイマン チェコフィルの演奏はというと、LP盤 「わが祖国」であるから、当然モルダウも含まれる。しかし、市民会館の感動は当然ながら得られないが、LPとしては音も生々しく立派な演奏である。当時の最新録音盤であるから音のいいのは間違いない。しかし、音がいいだけでは背筋がぞくっとはしないのである。聞こえるか聞こえないかの究極のピアニシモはレコードでは無理である。実演でしか味わえない。
ムラビンスキーのレニングラードはピアノマークが5つぐらいのピアニッシモからフォルテ記号が5つぐらいまでの最強音を出せると言われた伝説のオケであるが、やはりCDやLPでは限界があるのだ。この感動は収録できない。
いずれにしても、上の3曲は、彼らがいまは亡き大指揮者となってしまた現状では、LPでしか聴けないのであるから、彼らが残した遺産として大切にしたいと思っている。

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by fusus-21 | 2015-10-13 16:39

久しぶりに聴くALTEC 886Aの響き

オーデオを置いてある部屋にびっちりと引越しの荷物を置いていたので、すっかりご無沙汰していたクラシック音楽。ついに物置が完成したので、荷物を運び込み、半年ぶりにスピーカーの前に座り、「音のエジソンアンプの響き」を聴くことができるようになった。まだ、装置が十分慣れていないので(半年ぶりに使う)、左右のバランスなどがしっくりしていないが、ひさしぶりに堪能した。曲はペールギュント、サー ジョン バルビローリ指揮のハレ オーケストラ。セイラ アームストロングのソプラノが素晴らしい。うっとりするような美声で朗々と歌う。1970年代の装置で聴くのは、やはり1960〜70年代の録音がよい。このLPは1960年代、英国デッカのAngel版、ステレオの創成期の録音である。オーケストラも切々と演奏し、古き良き時代の音であると認識できる。やはりクラシック音楽はLPがいい。
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by fusus-21 | 2015-10-08 17:37

外人記者も呆れる安倍発言

国連の記者会見で、外人記者からの「シリア難民問題に対する質問」に、「それを考える前に女性の活用が大切」と呆れた答え、外人記者も目ぱちくり。安倍ちゃんは幼稚で質問の内容が分かっていないとみられしまったのだ。移民と難民の区別もつかない日本の首相とみられてしまった。安保理に入りたい国の首相が、難民と移民の意味もわかっていない、その首相が安保理に入ることを要求するには問題ではないのかとみられている。やはり世界の目は厳しいのだ。それに比べて日本の記者はおとなしい。それ以上の質問は避けているように見える。言論に自由もない状況に入っているようにみえる。

あべちゃんは得意顔で演説しているが、そのように呆れ顔で見られているのだ。エコノミック、エコノミック、and
Economicと連呼した。金、かね、カネと訳されたのかもしれない。しかも下手な英語だった。国民として恥ずかしいという感想である。Ecomic かEconomyかは別にして、経済政策の3本の矢と言っているのは、よく聞くと3本の的を示しているにすぎない。矢についてはなんら話をしていないのである。このように言葉に酔ってはいるが、内容を正しく理解していない、読み上げに夢中になっている証拠である。正しく読み上げても、文章の意味を取り違えていればどうしようもない。

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by fusus-21 | 2015-10-07 22:28

TPPでの首相記者会見・・・例によって長い前置き(美辞麗句)、記者の質問は具体策を示してほしい。

これもテレビで見たが、首相は説明したつもりらしい。美しい農村風景とか、一億総活躍とか美辞麗句は並ぶが、具体的には何もわからない内容で、その後の質疑で本質を明らかにしようとしても、質問にもははぐらかし、ピント外れで支離滅裂、相変わらず応答にならない!質疑が意味なし、その場で回答を示さない。もうテレビを見るのはよそう。時間の無駄である。これで十分時間をとって、丁寧に説明したというのだから呆れるばかり。

記者が最後に質問した、「内容を国会で説明すべき」と野党が言っているが、それに対してどう対応するのかという質問に対して、思わずつまり、まったく答えははぐらかしというか、前段の無関係部分を再度繰り返し、長すぎて何を答えようとしているのかわからないまま。質問に答える時間を減らしたいという時間稼ぎの意思が丸見え。海外でのビジネス展開が容易になるとか、ピント外れの応答。臨時国会を開くのかどうかという質問に対する回答のはずだが、これに対しては、最後に「今後考えます」とひとこと言ったのみ。冗長な前置きに比較して回答は一言。高校生がバカにするのはこの辺りだ。

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by fusus-21 | 2015-10-06 10:24