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つくつくほうし鳴く

連日の猛暑、35℃を超える日々ではあるが、空気は乾燥しており夕立が来ることは少ない。夕立さえ来れば32℃くらいに温度が下がり多少なりとも涼しくなるのだが。

盆も15日、この頃になると暑さは変わらずとも、つくつくほうしが鳴き始め、蝉の声には秋を感じさせる時期になる。もう少しすると、暮れかかった林の中からカナカナとやたらに大きな
鳴き声が聞こえて来る。ヒグラシである。さらに秋の声となるのだが、この蝉はなかなか人目につかない。暗くなって鳴くので木の色に隠れて探しにくいのだ。福岡大学のひょうたん池には自然が残されていて、ここを通りかかるとカナカナと薄暗い中から声が聞こえる、近づいてみると意外に小さな蝉で、鳴き声だけは知られているが、姿はあまり知られてないわけが理解できる。

蝉の声に涼を感じるこの頃であるが、まさに残暑、猛烈に暑い夏はまだ続きそうである。アブラゼミもクマゼミもツクツクホウシの声がうち重なって聞こえて来る毎日である。しかし、個体数は減った感じがする。夏も終わりかけていると思うと、なぜか寂しい。
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# by fusus-21 | 2016-08-15 23:14 | 四季折々の風物・・・自然と親しみ生きる

九州チアリディングフェスタキックオフミティング

本日、九州チアリーディングフェスティバルの運営に関する、第一回会議が持たれた。12月の開催に向けての様々な問題点、今後検討すべき問題など建設的な意見交換が行われ、さらに充実した九州チアリーディングの祭典に向けた準備がスタートした。12月開催の九州のチアの祭典が成功することを祈りながら・・・。

さらに、チアの普及に向けて新しい取り組みを企画する方向で暑い中、熱心な意見交換も行われた。
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子育ての中で、実行するには困難な状況がつきまとうが、熱意にはそれにも負けない力強さを感じた。

「親子で楽しむチアリーディイング」などこの競技の特徴は子育てにとっても大切な要素を含んでおり、今日集まったメンバーの子育てノウハウなどを社会に広めて行ければと今後が楽しみである。
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# by fusus-21 | 2016-08-07 21:21 | チアリーディング (FJCA)

 潮かをる北の濱邊の砂山のかの濱薔薇よ今年も咲けるや

平成28年7月26日、函館の大森濱に立った。上の歌がここで作られたと想像していたからである。しかし、このような雰囲気、ハマナスなどはここにはなかった。ただ黒い砂に、波が打ち寄せ、カモメが一羽、沖を眺めて砂浜に疲れた羽を休めているという荒涼たる風景がそこにあった。

しらなみの寄せて騒げる函館の大森濱に思いしことども

上の歌が大森濱にはふさわしいのかと・・・。啄木の歌はやはり悲しい。

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「船の灯りに背中を向け〜て 海を眺める悲しいカモメ 海で育った船乗りならば 海へ帰れとせかせるように 霧笛が俺を呼んでいる」・・・赤木圭一郎の歌う侘しい光景を思い出した。函館山は深いガスの中に隠れ、立待岬だけが鉛色の空に溶け込んでいた。

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# by fusus-21 | 2016-08-06 08:09

72歳の修楽(学)旅行

72歳は還暦から数えて12歳、小学校6年生に相当する。定年退職から1年でもあり何かしないと暇をつぶせない。ソファーに座っていると、いつの間にか眠り、ボケ老人そのものに見える。そこで、今年3月から幾つかの小旅行に参加、生きがいのある生活を取り戻す試みを始めた。旅行先の歴史や史跡の調査などをやれば、結構ボケ防止には役立つ。その矢先に、癌の転移が見つかり、予定が実施できるかは危ぶまれたが、医学の急激な進歩に助けられ、無事実行することができた。まずはすでに掲載した小学校の同級生との四国(伊予)旅行、続いて高校の同級生との鎌倉・江ノ島旅行(4月2〜3日)。後者は実際に室蘭栄高校の10泊11日という超長い修学旅行の訪問先に設定されたプランである。このほか日光、京都、奈良が日程には含まれていた。その中の鎌倉と江ノ島を選んで建てられた計画である。

さて、今回は知利別小学校の同期会と栄高校のクラス会が室蘭で行われるということで参加。その帰りに、大沼公園、仙台、松島を訪ねることにした。このプランは蘭東中学の5泊6日の修学旅行の立ち寄り先から設定したものである。これではもったいないと、芭蕉ラインを訪ねる旅を加えた。合計10泊11日の日程とした。追加コースは、立石寺(山寺)、天童温泉、最上川舟下り、酒田、鶴岡である。あまりに強硬すぎるかと(天童の観光案内所でどこを旅したのかを聞かれ、プランを話したら、大胆なプランですなーと感心された)羽黒山参拝は中止して鶴岡の城址をめぐり、博物館や藤沢周平記念館を回って仙台に戻った。羽黒山は午後から豪雨になったので幸運にもこれから逃れることができ、万事うまくいったということである。松島では芭蕉ラインの遊覧船で塩釜まで移動、山寺の1000余段の階段を奥の院まで登り、芭蕉の「しずかさや 岩にしみ入る 蝉の声」の雰囲気より、絞れるほどの汗で病後の体には大変であった。そして最上川、「五月雨を あつめて早し 最上川」の雰囲気に浸った。船頭さん曰く、「夏に来る人はバカ・・・涼しくはないんだよー」。事実、暑かった。乗った船はやはり芭蕉ライン遊覧船、10kmの川下りであるが芭蕉はもっと長距離を船で下った。平泉に逃れる途中の義経は最上川を遡ったのである。大変な旅であったろう。さらにこの川は「おしん」が母と別れて船出する地でもある。そのシーンに使われた石ころだらけの岸が見える横を船で通った。酒田と鶴岡は庄内平野の中心で、それぞれ商業の街、武士の街である。今回の旅では食文化を楽しむことができた。

いずれにせよ、楽しく愉快に旅をして、生きてゆく力をもらった。奥の細道の旅は楽しい思い出を残してくれた。

次の修学旅行は同級生が津軽三味線のリサイタルをやるというニセコ、10月の旅を目指す。新しい目標の前に、10月初旬に予定されている造影CTの検査結果をクリアすることである。肺転移のX線照射後の観察と腹部に転移がないかを詳細に検査される。これを突破しての話である。試練は続く。

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# by fusus-21 | 2016-08-03 14:21 | サスティナブル ツーリズム

癌治療はなんとかなっても薬剤による合併症にも注意が必要

大腸ガンの手術を済ませると、腸の状態が変化し、詰まるか下痢が起こるに分かれる。私の場合は、S字結腸の癌を除去し、繋いでいるので、その部分が少し細くなっているか癒着している可能性がある。つまり、詰まりやすいのである。その場合、マグラックス(マグミット)と言われるマグネシウム剤を常時服用するという処置がなされる。この薬は常用しても副作用はないとされるが、実はマグネシウム高血症という副作用があり、マグネシウムが蓄積すると認知機能に問題が生じたり、めまいが現れたりするらしい。極力、常用を避けたほうが無難であるらしい。そこで私はマグラックスは時折服用し、普段はすっきり茶(静岡の市川園から販売)などの”通じ”を良くする茶を飲むことにしている。これも常用すれば効かなくなるので、交互に切り替え、コントロールすることにしている。とにかく、漢方といえども化学薬品同様に常用を避け、うまく交互に取り合わせて体調の維持に努めることが大切である。また、便通を良くし、よく眠り健康を保つには十分に歩くことが大切である。

血圧の薬も毎日欠かさずに飲むように言われているが、これも蓄積性があるため、要注意である。サボりながら飲むこと、また黒にんにくなどの食材により血圧をコントロールすることが大切である。私はテノーミンという血圧の薬を飲み続け、1週間ほどで心筋梗塞の症状が現れたので、薬をやめて助かった。とにかく、自分の症状を考慮して、判断することが大切である。ロキソニンという抗生物質も良く使われている割には強いので危険である。自らの判断、つまり症状を注意深く観察しながら薬の服用は用心深く行うことが大切である。

免疫力を高め、自然の食品で体調を維持し、できるだけ化学薬品に頼らず、健康維持に持って行くことが大切である。よく歩き、程よい疲れによってよく眠り、そして食事をおいしく摂り免疫力を向上させて、病に打ち勝つ努力をしたい。最近趣味も、座学は極力少なくし、負荷をかけて歩く趣味を増やしている。野鳥観察、野草観察、ネイチャーフォトなどに偏っている。尺八は、肺転移の後習い始め、肺活量の維持・増強に活用している。吹き矢もいいらしい。

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# by fusus-21 | 2016-08-01 19:41 | ココノイエプロジェクト(食と健康)

ピンポイント照射を終えての後遺症

7月15日に九大にてピンポイントX線照射治療の事後検診を受診した。その際,主治医に6月に起こった高熱(38.4℃)の数日間と我慢できないような背部痛について報告したところ、X線照射治療の後遺症であった可能性が高いということであった。高熱は間違い無くそうであろうし、背筋痛はときどき、神経痛のような症状がでることは症例としてあるとの見解であった。いずれにせよ、6月の2〜3週間は最盛期であったのであろう。CRP値が10を示したのは異常以外の何物でもなく、現状では正常値の0.1に戻っていること、また肺にあった影が、大きくなり濃くなっていることからもそれは間違いなく後遺症で、現状回復期になっていると考えてよいのではないかとのことであった。結局、治療をせずに自己回復力にたよって、何か苦しんでいるうちに治ったということかも。高熱はでたが、食欲はそれほど低下しなかったので、免疫力もなんとか維持でき、最盛期の6月5日頃は吐いたが、それ以外はなんとか食べ続けたことが良かったのであろう。
やはり、治療は甘くはなかった。それなりの後遺症は現れたということである。これで一段落ということになり、10月の検診時には造影CTを行うことになった、肺のみでなく、大腸、腎臓、肝臓への転移を調べたいということであった。
九大理学部から、線虫による尿検査の経時データがまとまり、私の場合、早期発見が可能との結果がでたとの連絡があった。これからも1ヶ月おきに尿検査を行うことになった。これで、九大病院放射線科、済生会化学療法科、九大理学部で転移があるかないかを継続的にチェックする体制になった。さらに日常の体調検査は、近くの草野医院が担当し、転移をチェックする体制が整ったことになるが、転移するかどうかは自身の免疫力と体質、生活習慣に依存する。運を天に任せるしかないのである。

鳥越さんのような逞しさこそ重要なのであろう。彼は、緩解(癌を克服)したとのことである。

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# by fusus-21 | 2016-07-18 06:53 | ココノイエプロジェクト(食と健康)

気象庁は宣言していないが、北部九州は梅雨明けか

北部九州は梅雨明けした可能性がある。
油山の上に夏の入道雲が湧いた。
さらにこれまでニイニイゼミは鳴いていたが、今日からはクマゼミも鳴き始めた。この声を聞くと、梅雨明けとなる。アキアカネも飛び始めている。
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猛烈な暑さに見舞われている。
今年は夏が早いようだ。いつまで続く暑さやら・・・。
ちなみに、我が家の窓に貼り付けた最高・最低温度計で、今日の最高気温は35.4℃、最低気温は25.5℃であった。


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# by fusus-21 | 2016-07-04 18:25 | 四季折々の風物・・・自然と親しみ生きる

郷土の歴史・・・国宝金印にまつわる話

後漢の光武帝は、倭国の使者に金印を授けた。前進する蛇が頭を持ち上げて振り返る姿に鈕がついている。しかし、よく見ると駱駝の形に作られたものを、蛇の形に作り変えられたものらしい。他には、亀鈕のものもあるらしい。

後漢書に「建武中元二年、倭国貢を奉じて朝賀す、使人自ら大夫と称す、倭国の極南界なり、光武印綬を持って賜う」とあり。まさに委奴国は倭国の極南界だったのである。北界は狗邪韓國、つまり、当時の倭国は狗邪韓國から委奴国まで海を跨いだ海洋国家とみなされていたことが中国の歴史書に記されている。

後漢書の他の行に、「大倭王は邪馬台国に居る。楽浪郡境は邪馬台国を去ること1万2千里で、倭の西北界狗邪韓国を去ること7千里である。・・」とある。以上のように後漢書ができた当時の倭国の領域が示されている。
多くの学者は、魏書が正しく、後漢書は後でできているから価値はないとか勝手な言い分を展開しているが、時代時代の情報として歴史の流動をきちんと読み取らなければならない。その時代に新たにわかったことがすこしずつ加筆されたり、修正がなされいているのであって、書き間違えでは決してないと思われる。素直に読むほうが正しいと思う。



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# by fusus-21 | 2016-06-20 17:45 | 地域(北部九州の古代)

 発酵ポットの購入・・・そして自家製発酵乳などの楽しみ

カブちゃん農園などから発売されている発酵ポットを購入。発酵食品を自作して食することを楽しんでいる。
室温から60度まで、さらに24時間温度制御が可能なポットを購入し、塩麹、醤油麹、豆乳ヨーグルトなどを自作し、食生活の質を改善する努力をしている。醤油麹は焼き魚の麹漬けを試したがなかなか美味しい。
豆乳はケフィアと呼ばれる発酵菌が付録についていたのでそれを活用、あとは育てた菌株を利用して、豆乳を加え作成。順調にいっている。作るたびに味も変わり、さっぱりして美味しい。変な混ぜ物をしないので、あっさりした味で飽きない。次は、カスピ海 ヨーグルトの菌株を利用して牛乳から作ってみよう。
発酵ポットについては、納豆や味噌(西京味噌)に挑戦予定である。材料を変えて、いろいろやってみようと考えている。

X線照射の経過は、軽い肺炎が出ており、CRP値が朱色(準危険ゾーン)まで上昇したが、とりあえず小康状態になり、来週月曜の検診を待っている(ここでレッドゾーンを越えなければ徐々に回復へ)。少し無理をしたぐらいで熱が上がるため軽い散歩と運動くらいで様子見である。被爆者の苦労が身にしみてわかった(苦しみは万分の一であろうが)。夕方からじわっと上がってくる体温、体がどうしようもなくだるいという日々が続いたが、倦怠感でやる気が起こらないいわゆる生活不活性病だ(これでは悪循環である)。今週くらいからようやく落ち着いてきた。5月23日から6月10日くらいまでの気分は最悪であった。自分が移すことはないのだが(単なる肺の放射線やけどのため)、免疫力が下がっているので感染症をもらってしまうと致命的になる場合もあるとか。
とにかく、胸部全体がモヤっと苦しく、特に夜が耐えられないというのが典型的症状であった。ブログを書くことさえも苦しい状況であった。ようやく、峠は越えブログを書けるほどになったというところであろうか。月曜日の結果に期待したい。
月曜日になった。CRP値はほぼ平常値に戻り炎症などは消えたようだ。結果として放射線肺炎ではないと判断された。ではなぜ、熱と背の痛みが続き、CRP値が10を超えたのか。未解決のまま終わった。何はともあれ、癌が引き起こす痛みや熱ではないと判断された。とりあえずホッとしたところであるが、原因が究明できなかったことは気持ち悪い・・・・。

注:8年前のX線治療の話をある人から聞いた。患部に四角い鉛の板を敷き上から放射線を当てて癌にダメッジを与える。この際、背中にその板の四角い形がつき、その内側が、ケロイドでただれ、高熱や吐き気でその方の母親は苦しみ抜いて亡くなったという。被爆者と同じ苦しみであったらしい。わずか8年で大きな違いである。私の場合はケロイドはできていないし、皮膚がわずかに敏感になっている程度であろうか。熱も37.4度くらいで、2日間くらい感染したのか38度を超えたくらいである。医学の進歩は凄まじく早い。多くの癌患者の皆さんも希望を持って生きていただきたい。医学、特に癌治療の進歩は著しいと言える。ちなみに私の受けたピンポイント照射が九大病院に導入されたのは2年前とのことである。

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# by fusus-21 | 2016-06-15 14:00 | ココノイエプロジェクト(食と健康)

野芥にある神社

早良区野芥は古い土地で、昔の名残を残しつつ時が過ぎてゆく静かな街である。その中に、1300年の歴史を持つ神社がある。霊験厳かというか古墳のような鬱蒼とした原生林の中に静かに鎮座している。後方には油山が近い。
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早良六郷の総鎮守で、早良六郷には平群、額田、曽我、能解(のけ)郷が含まれる。野芥4丁目であるから我が家から坂道を降りてすぐである。境内神社の恵比須神社に今年の正月10日に参拝した。ウェブサイトを参照:http://sora07.exblog.jp/22360492/
早良六郷についてはウェブサイトより引用:
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さらにこのような説もある:『和名類聚抄』によれば、毘伊(ひい、現在の城南区樋井川付近)、能解(のけ、現在の福岡市早良区野芥付近)、額田(ぬかだ、現在の西区野方付近)、早良(さわら、現在の城南区鳥飼付近)、平群(へぐり、現在の早良区羽根戸から金武付近)、田部(たべ、現在の早良区小田部付近)、曽我の7郷があったとされる。



変わり種の神社は石鎚神社である。早良区大字野芥3といういまの住所にはない山の中にある。油山の山腹である。
神社の裏から即、油山の登山口になっている。神社というが、本来は晃恩寺というお寺で、住職が神職を兼ねる神仏融合の神社である。登山口から険しい山道を行くと滝があるとのこと。未だ行ったことはない。というより初めて参拝したわけであるから。
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石鎚神社のウェブサイトから引用

お寺・寺院/晃恩寺の詳しい情報です!

■各種祈願
◇家内安全 ◇除厄開運 ◇合格祈願 ◇学業成就 ◇地鎮祭 ◇家祓い
◇安産祈願 ◇交通安全 ◇除霊祈祷 ◇商売繁盛 ◇他諸事祈願

■各種供養
◇先祖供養 ◇永代供養 ◇水子供養 ほか

■<発祥>西歴1789年6月
 昔、早良一帯が水不足で田植えが出来ず、雨乞いの為当山に不動明王を建立した。
 長い月日のうち先代住職隆泉大僧正が宝満山にて十年間の修行を終えて、
 当山晃恩寺にて五十年。
 現住職大観が19才の時真言宗得度出家し、修験道石鎚大神とご縁を載き、
 当山の神のお告げをもって、37才の折、入山し現在に至る。

~悩みを抱えるあなたへ~
 現在の喜び、苦しみには、必ず過去の原因があります。
 “因果関係”原因⇒因  結果⇒果
 その原因を究明することが解決の糸口となります。
 宗派問わず、ぜひ気軽にご相談下さい。

うつ病、パニック障害、アルコール依存、借金続き、引きこもり、家庭内暴力
家庭不和、不妊、不登校、原因不明の病、難病、奇病、あらゆる霊障(生霊・死霊)
心霊写真鑑定、降霊祈祷、名付け

<行事>
 ◇毎月一日 月次祭 石鎚大神 御神像拝戴
 ◇毎月第三日曜日 ご先祖様諸霊供養
 ◇霊峰 石鎚神社 夏山大祭参拝(七月)


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# by fusus-21 | 2016-06-08 11:05 | 地域(北部九州の古代)